文学

凡庸なマクシム・デュ・カンとチューボー並みのフロベール2

この日本語訳の本には章ごとに細かな旅程が地図で示されていて、第八章にはカンペールからラ岬までの思い出深い地名が見える。 特にオーディエルヌAudierneについて書かれたところはぜったい読みたい。 それで第八章を読もうとすると、それは扉だけで終わり…

凡庸なマクシム・デュ・カンとチューボー並みのフロベール1

二年ほど前に邦訳が出ていたことをこれまで知らないでいたギュスターヴ・フローベール『ブルターニュ紀行――野を越え、浜を越え』を読む。 1847年5月から3カ月、フロベールとマクシム・デュ・カンは、リュックを背負ってトゥーレーヌ、そしてブルターニュ周遊…

『オマージュ 津田新吾』

吉増剛造氏による題字が付された小冊子を読み、打ちのめされる。 死がきわだつのは、生の鮮やかさの反映。 ただ泣くのでなく死者を想えるのは、関わりあった生者の感受性。

不自然な自然

動物を飼うということは、非常に不自然な自然なのです。不自然の極みにおいて、自然をもらっているのです。 ―― 高橋睦郎 マンションのベランダで植物をやるのもそうだと思う。 鉢植えを置いた家の中でカナブンやトンボが孵るのも。 でも不自然な自然だってい…

ニューボー・ロマンのために

「ニューボー・サイケン」なる表現を聞いた時、新しい債券か何かと思った。 「ニューボー」「ニューボー」と何度も聞いているうち、そうか、医学界では音読みするのかと突然気づく。 マンモグラフィというのはたとえ深刻な状況だったり苦痛をともなってもつ…

夏なのにナラトロジー

「あなたとなら・やまとじ」というJRのコピーがあったのを思い出す。 こちらは、訳あってナラトロジー。 ・ 盆が終わり、高校野球の一回戦が終わり、ツクツクボウシが鳴き出すと、もう寂しさを抑えられないが、それでも夏の日々はすべて好きだ。 私は今っ…

アナトール・ル・ブラーズ、土地の名

藤原書店から出ている『ブルターニュ 死の伝承』が高すぎて買えず(1万円ぐらい)、原書も売り切れだったため、やはり最近刊行された同じ著者の『ブルターニュ幻想民話集』を2600円で買って読んでいる。 そして気づいたのだが、出版社も訳者も違うけれど底本…

アリスは、落ちながら。捨てられないもの

いざという時、これだけは残しておきたいというようなモノは何もなく、モノなんかなるべく持たないですっきり生きたほうが生産的と思いはするものの、生きている年数だけチマチマしたいろいろが溜まってしまい、捨てるには捨てるがいつも思いきり悪く、五月…

Qの魔力

あまりに暑いので、そのまま外に出たら公序良俗に反するような姿で茄子を揚げながら、カレーを煮込んでいたらグラっと強い地震。 在宅中もあらゆるリスクに備えて心せねばと思う。 (茄子を煮込んだカレーより、揚げ茄子をトッピングしたカレーがより美味し…

文庫の連鎖

ひと息つくのに適当に手にした文庫本を読んでみたら、文庫が文庫を呼んで採点そっちのけで文庫ざんまいとなる。 ポー、江戸川乱歩、泉鏡花、ルルフォ、恒川光太郎、久生十蘭、そういう系統の谷崎潤一郎、そういう系統の夏目漱石…。 初めて読むものも、ずいぶ…

ブラキャミ・ハルキ

(この初夏の大流行を一言で表してみました) (ついでに「太宰治」でも何かできないかなと思ったけど、思いつきませんでした) ・ ところで内田樹先生によれば、村上春樹が人の心をつかむのは「料理とお掃除」が書き込まれているからだという。 私は近年(9…

シモーヌ・シュヴァルツ=バルト「鍋の底から」(norah-m訳)2

私の祖父はまったく凡庸な人物であり、彼の一日はグアドループの多くの善男善女と変わらぬものだった。マンジェの行為は、祖父にとっては、科学的なところなどみじんもない。それは自然からほんの少々借用するということで、彼はそのことを完全にわかってい…

シモーヌ・シュヴァルツ=バルト「鍋の底から」(norah-m訳)

料理とは文明の一種であるらしい。個人的にいえば、わたしは鍋の底から民衆の魂が立ちのぼってゆくようなこの考えがけっこう気に入っている。しかしわたしと料理のつき合い方はもっとつつましくて哲学などとは関係なく、正直ガストロノミーなどでもない。わ…

ハーンと八雲

私は群れだ!――――ラフカディオ・ハーン (鴻巣友季子さんによる宇野邦一先生の新刊『ハーンと八雲』の書評より) ・ 「私は群れ」とは、「現在のあらゆる生は、過去の無数の生の記憶を自分の中に含む」という意味だという。 群れになるな、独りであれ!の言…

そこでゆっくりと死んでいきたい気持をそそる場所(松浦寿輝)

僕の射精は一挙に高まった激しい噴出ではなくむしろ間隔を置いて何度かゆっくりと律動する甘美な痙攣で、だんだん間遠になりながらもその痙攣はいつまでもいつまでも続くようだった。最後のかすかなひくつきが終ってもそのまま僕はじっとしていた。薄目を開…

書評のお知らせ

今出ている『新潮』にンディアイの書評、書いてます。 よろしかったら読んでみてくださいねー。 ・ 時間がないから短編ひとつだけ読んでみようと思ったらすごく面白かったので、短編集、長編、それに一部だけどフランス語のものまで、だーっと一気に読んでし…

『日本語が亡びるとき』

今朝の朝日新聞で以下の記事を読む: 「日本語亡ぼさぬために/近代文学読み継ごう/水村美苗さん、新刊で訴え」 店頭で見かけたら買おうと思いつつまだ見かけておらず、したがって本を読んだわけではないまま記事を読んだ感想だけをいうのだが、なんとなく……

マリー・ンディアイの不可解さ

来日中のフランス語作家、マリー・ンディアイの話を聞く(於早稲田)。 最新刊『心ふさがれて』から、何箇所かの朗読。 文章はとてもよく、特に語り手に敵対的に迫ってくるボルドーの町の長い描写など大変好きだ。 読み通す時間がないのは承知の上で先日2冊…

ノーベル文学賞はフランスのル・クレジオ氏

今年のノーベル文学賞受賞が決まったフランスの作家ル・クレジオ氏=2008年2月(AP)【ロンドン=木村正人】 スウェーデン・アカデミーは9日、2008年のノーベル文学賞を、デビュー作『調書』でフランス文学界に旋風を起こした小説家、ル・クレジ…

虎の尾の花

norahさんて、あんなのが書けるなんて、小学校のときとか作文がうまかったんでしょうねえ。 と、鍼の先生より鍼エッセイについての微妙な感想をいただく。 (別にうまかありませんでしたよ) 何かとても恥ずかしく、ひとしきりクネクネと照れまくる。 ・ 『ト…

愛について

「愛」のお題をいただく。 愛のことなんか、ここのところまるで考えてなかったよな。 それとも、すべては大きな意味で愛についてなのかしら。 しかし『トリスタンとイズー』関連というのだから、やはりここは限定的な愛について語ることを求められているのだ…

赤い泥

エドゥアール・グリッサンによるすばらしい追悼文を教えてくれた人がいた。 瞼の裏にバラタの山道、バッス・ポワントの荒々しい海の景色が広がってゆく。 (その激しさは実地で知った。揺れる船になだれ込んでくる塩辛い海水で頭からジーンズまでびしょ濡れ…

葬列

親しい者たちとの一夜が明けると、パパの亡骸はなつかしい家を後にする。ちょうど今から半世紀前パパがつくった政党の、現役の党員たちが棺をかつぎ、人々が待つ首都に向って歩み出す。白を纏った党員たちは、片方の手に深紅のバリジエを掲げている。細い首…

セゼール追悼

個人的には、この数年、身近に親しんできた作家のひとりである。 決してよい読者ではないにしろ、『帰郷ノート』('39)の詩の言葉の緊張感と激しさには惹きつけられ、『トロピック』誌や『正当防衛』誌に発表された若い時代の文章にも強い印象を受けた。 後…

エメ・セゼール死去

エメ・セゼールが17日早朝、マルチニックの病院で死去した。 94歳。 訃報が伝えられると同時に現地ではテレビの娯楽放送が自粛され、17日は島全体が喪に服した。 ミシェル・アリオマリ内相は、国葬とすることを発表。 身内での通夜を済ませた後の18日午後、…

石井桃子さん死去

児童文学者・翻訳家の石井桃子さんが亡くなる。享年101歳。 プーさんシリーズはあまり馴染みがなかったけれど、「ちいさいおうち」や「うみのおばけオーリー」や「たのしい川べ」や「おそばのくきはなぜあかい」といった単独の小さい絵本は大好きで、今も挿…

週遅れの追悼:アラン・ロブ=グリエ

ここ最近は用のない本棚である本を焦り探していたら、ふと数冊並んだアラン・ロブ=グリエに目が留まる。 ロブ=グリエ、そういえば亡くなったよなあ。 La jalousieを手に取り、めくってみると、一筆書きのヘビみたいな直筆サイン(どこがRでどこがGなのや…

手羽先、フォークナー、中上健次、ボードレール、山本一力

今週締め切りの「フォークナーとフランス語圏作家」のレポートが、書こうとしたことの半分ぐらいまできたところで要求字数を越えたので、安心して赤ワインでほろ酔い。 ギョーザがニュースを賑わしている昨今、買い置きの冷凍食品を一応チェックしたついでに…

蒸気とブラッドベリ

粒子の細かな蒸気だけで、人間ここまで回復するものなのか。 もともと蒸気とか蒸発ってものは好きだけれど。 白く、しゅわしゅわと煙って立ち消え、心なしかほんのりと温かく、でもそれは気のせいで、steamというよりはvapeurというこの鼻から抜け出る感じ。…

アブサロム、アブサロム!

再び熱でへたっている間に、29日になってゲラがどさっと。 しばらくないことだったので、世にそういう作業が存在することを忘れていた。 今月後半になり、熱のせいで5日ぐらいロスしてしまい、ピンチ。 持ち直している間は寸暇を惜しんで活動しなければなら…