アナトール・ル・ブラーズ、土地の名

藤原書店から出ている『ブルターニュ 死の伝承』が高すぎて買えず(1万円ぐらい)、原書も売り切れだったため、やはり最近刊行された同じ著者の『ブルターニュ幻想民話集』を2600円で買って読んでいる。
そして気づいたのだが、出版社も訳者も違うけれど底本は『死の伝承』と同じで、こちらの方は抜粋編集版。

抜粋版でも私には十分に面白く、ブルターニュの村人たちの眼前を立ち歩く死者の話はおととい読んだラヴクラフトよりずっと魅力的だ。
本じたいも、今時珍しい美しさ。
いわば国書刊行会ブルーとでも呼べるような、くすんだ水色のマーブル地に金の型押しの文字。

死者の亡霊などにまつわるエピソードは、ル・ブラーズが土地の老人などから採取したもの。
ル・ブラース自身が1859年生まれなのに、それよりずっと年長の人々の話を聞いているので、また聞きなどでかなり昔の時代の証言が出てくるのも面白い。
この土地にまだコーヒーが普及しておらず、誰かのところへ飲みに行っていた時代の話や、ナポレオン1世時代の戦争の話、フランス革命より前のブルターニュのことなど。
土地柄、亡霊は遠洋に出かけて死んだ船乗りの夫や父や息子であることが多く、彼らに出くわすのは留守をまもって畑仕事や牛乳運びをしている女たちであることが多い。

そして心はすっかりブルターニュへ。
というか、カンペール、パンポル、パンヴェナンなど、記されている個々の村の名前へ。

ブルターニュとの最初の出会いはプルーストの「土地の名 名」であった。
「私」がブルターニュのそれぞれの地名にイメージをあたえていくのだ。

Quéstambert, Pontorson, risibles et naïfs, plumes blanches et becs jaunes éparpillés sur la route de ces lieux fluviatiles et poétiques; Benodet, nom à peine amarré que semble vouloir entraîner la rivière au milieu de ses algues, Pont-Aven, envolée blanche et rose de l'aile d'une coiffe légère qui se reflète en tremblant dans une eau verdie de canal...

そしてケルト文化とブルトン語の土地であり、荒々しい岩の景色があり、植民地時代のアンティーユでクレオールとなった人々の祖先であり、興味は尽きない。
ああうっとり、もうだめ。

見目誠さんの解説によれば、第一次大戦でまず前線に送られたのがフランス国内の被抑圧民であったブルトン人であり、ブルトン語のD'ar ger(家へ)とフランス語のa la guerre(戦争へ)が発音としてよく似ているため、「家へ帰りたい」といったブルトン兵がまず戦場にやられたのだというエピソードがあるそうだ。
真偽はさておき面白い。