7月のナンシーおば

私は一年のなかで7月が一番好きというか、もう偏愛していて、存在しているだけで幸せでたまらない。
でも厳密にいえばそんなふうに無条件に幸せなのは、6月21日の夏至から7月12日までの3週間ぐらいで、それを超えると甘美な気持ちに一抹の苦みが紛れ込んでくる。
キャトルズ・ジュイエなどといわれても、なんだか寂しくいくぶん焦る。
喩えでいえば、7月は土曜で8月は日曜、さらに7月の前半は土曜で7月の後半は日曜なのだ。
「新婚さんいらっしゃい」の恥ずかしいやり取りがテレビから流れてくる日曜の昼下がりに抱いていた気分――学校が始まる月曜朝が刻々と近づいてくることのプレッシャー、家族ともどもこんな馬鹿げたテレビで時間を浪費していることへの疑問と焦り――に近いものを感じます。
それでも夏の記憶はすべて美しいものとして残ります。
去年の今頃は腕の炎症がピークで、毎日痛みで2,3時間しか眠れず、死ぬー死ぬーと繰り返していたように思うが、それでもふり返れば甘美な夏なのである。
今年も一日一日をいとおしみながら論文執筆に苦しみ、将来うっとりとふり返りたい。

少し前からアナンシについて一度調べておこうと思っていた。
アナンシ(anansi,ananse)とは西アフリカ起源のトリックスターで、蜘蛛の姿で描かれ、英語圏オランダ語圏カリブの民話にも伝播している。
またアメリカ合衆国南部――サウス・カロライナやジョージア――のガラーたちの間には、ナンシーおばさん(Aunt Nancy)の形で伝わってもいる。
トリックスターが「おばさん」ってすごくないか!)
それで今日、図書館にいるときにそのことを思い出し、ちょうどゾラ・ニール・ハーストンの全集が目の前にあったから、何か書いてないかとパラパラめくってみた。

こんなこと、とても恥ずかしくて公け、特に研究の関係者にはいえないが、ハーストンの『ブードゥーの神々』って実は読んでないんだ。
(ここに書くのが何より公け)
それで手にとってみると、ラッキー、開いたページにいきなりアナンシについての記述がある。
そこに付箋がついていたから開いたのだと思う。
気が合うな、これを貼った人。
何年か前、このオレンジ色のグラデーションの付箋、私も愛用してたし。
さらにめくると、他にも付箋が。
こういうの、全部はずして返さなきゃだめだよね。
雑な字で付箋にメモまで書いてあるな、なになに。

そして判明したのは、それはまぎれもなくnorahの筆跡だったということだ。

最近こういうことが多すぎる。
こうしてなんの実りもないまま、記憶と忘却のラビリンスをさまよいつづけるのだろうか、一生…