ペドロ・アルモドバル『ボルベール』

緊張がとぎれたところへ、霧雨と車内冷房のダブルパンチで発熱。
満身創痍で朦朧としながら、アルモドバルの新作を観る。
死んだはずの母とその娘とそのまた娘。
久しぶりにグサリとくる、アルモドバル十八番の女系ものだ。
ライムンダ役を演じるペネロペ・クルスの、貧困層のスペイン中年女ぶりがいい。
これが代表作になるといっていいんじゃないだろうか。
『ハモンハモン』の十代の頃から見ているだけに感慨深い(あれもラ・マンチャの方面が舞台ではなかったか)。
『神経衰弱ぎりぎりの女たち』では年季の入ったお姉さんだったカルメン・マウラが老女の母というのも感慨深すぎるし、呆けた伯母さんは『バチ当たり修道院の最期』で実はポルノ作家の尼僧を演じたチュス・ランプレアヴェだ(この人の役どころはだいたい同じ)。
他に『オールアバウトマイマザー』の看護師(医者だっけ?)ロラ・ドゥエニャスがお姉さんだったり、アルモドバル作品を20年近く観ている者としては、女優の顔を見ているだけで懐かしさでいっぱいになる。
それ以上にこの悲惨な家族のストーリー、どうしてアルモドバルは男なのにこういう機微がわかっているのだろうと、一緒に観た人とつくづく話す。
私の秘密の花』なども、女のおしゃべりネットワークのようなものと身近に接してきたことを財産としているのだなと感じさせた。
作品を作るにあたって、本当にうらやましいことである。
挿入歌「ボルベール」(エストレージャ・モレント)も効果的で、胸にきゅんと来るものがあった。
ライムンダがおならの匂いでお母さんの生存を突き止めるとか、テレビの変なバラエティ番組が出てくるところとか、どんなに重い作品でも、80年代以来の馬鹿馬鹿しくて下品な要素をどこかに入れないと気がすまないところもアルモドバルならでは。
ペネロペの履いているウェッジソールの黒いジュートのサンダルがスペインらしく、この夏の流行らしくもあって、すごくかっこよくて履きたいよねとひとしきり話す。
今回は設定が貧乏だったのでシャネルもシビラも出てこなかったが、あえて安っぽいながらもペネロペと娘役の十代、ヨアンナ・コバのファッションが色っぽく魅力的であった。

それにしても地下鉄やJRや私鉄の激しい冷房のせいで、出かけるたびに具合が悪くなる。
先週までは横浜の奥地まで授業に行くのに、片道最低でも1時間は車内にいなければならず、邪悪な冷房風で首筋がぞくぞくしてくるのを気合いとストールで押し留めるのに必死だった。
これはもう走る凶器である。
バスもタクシーも同じでは、もうどこへもいけない。
最初から冷房などついていないおんぼろのタクシー・ペイ(乗り合いバス)が都内を縦横に走っていたらいいのにと思う。