溝口健二『残菊物語』(1939年)

ちょうどいい時間にたまたま恵比寿にいたので、溝口健二没後50年特集を観る。先日のテレビ放映でちょうど見逃した一本、しかも蓮実重彦朝日新聞でベスト1に挙げていた一本だったので。
テレビで観てあんなにどれも面白かったのだから、映画館のスクリーンで観たらさぞや、と思っていたが、フィルムがとりわけ古いこともあり、大半の場面はそれほどのこともなかった。歌舞伎のシーンなどクリアならもっと迫力もあろうに。
菊之助たちが流れ着く大阪・道頓堀に聞こえる囃子の音が印象深く、最後の場面の、役者たちが顔見せのため船に乗り込み、道頓堀の掘割をねり進んでいくシーンは圧巻だ。旅回りで女相撲の一行とかち合う場面は唯一笑えるところだが、女相撲って実際どんなものだったんだろう。映画ではそこまで描かれていないので気になる。
しかしジャン・ルノワールとかもそうだけど、ここまで古い時代に作られた映画だと、全体の構成がすばらしくても、役者の顔つきとか声とかしゃべり方がヘンテコで、いまいち感情移入しきれないのが常。私はやはりテレビで観た50年代作品、『雨月物語』や『近松物語』の完璧なすごさ・面白さはもちろん、『祇園囃子』や『赤線地帯』の世界と女優力、とりわけ『噂の女』の母娘関係、やり手ババア田中絹代の悲哀がぐっと来た。
ゴダールが好きな映画監督三人を挙げよといわれて、一位・溝口、二位・溝口、三位・溝口といったというのも頷ける。
それにしてもすっかり以前の病弱さ、体調の悪さがぶり返している。映画の最初の15分は、恵比寿ガーデンシネマの椅子に倒れこんでいた。一昨日は納品された論文集の配送作業(老体なのに力仕事)で疲れきってしまい、帰りの電車では見かねた後輩がバッグを持ってくれた。やさしい。
恵比寿では、友人の案内で評判のパティスリー「トシ・ヨロイヅカ」へ。運よくそれほど待たずに座れる。「ジャン・ピエール」という、中にピスタチオのクッキー状のものが入ったチョコレートのムースが美味しかった。蜂蜜と洋梨ブレンドされた紅茶もとてもよく合っていた。カウンターの向かいでは、若いパティシエたちがきびきびと立ち働いているのだが、こんなストイックで厳しそうな職業、よくみんな憧れるなあ。私には一日も務まらないだろう。