フーベルト・ザウパー『ダーウィンの悪夢』(2004年、フランス・オーストリア・ベルギー)

平日の試写とは思えない混雑の中、パイプ椅子で見て肩が凝ったけれど、見てよかった。
かつて多様な生物の宝庫ゆえ「ダーウィンの箱庭」とも呼ばれたタンザニアヴィクトリア湖の現在を追うドキュメンタリー。
60年代頃、ちょっとした試みで放たれたバケツ一杯の肉食魚・ナイルパーチは瞬く間に淡水湖の生態系を破壊。一方、この巨大魚は欧州・日本への一大輸出品となり、地元に利益をもたらしている。数日ごとにロシア人の操縦する飛行機が到着し、500トンの切り身をヨーロッパへ持ち帰る。肉厚の切り身を食べられるのは外国人だけ。貧しい地元民が口にするのは腐敗しかけたアラだけだ。(ちなみに日本では「白スズキ」と呼ばれ、スーパーでよく売っている西京漬や白身魚のフライの中身はこれだそうだ)
戯画化したかのようなグローバリゼーションの極北。どうしても去年見たカリブのドキュメンタリー、『ジャマイカ 楽園の真実』を思い出してしまう。
ナイルパーチがとにかく巨大。マグロより大きい淡水魚の迫力がすごい。そして衝撃的なのが至るところアラで埋まった処理場。労働者の裸足の足にウジが這う。アンモニア臭の煙にいぶされ、眼を傷めたり下痢が止まらないと告白する。画面のこちらまで強烈な腐敗臭が伝わってくる感じ。
魚を運ぶ航空機は、実はカラでやって来るわけではない。極秘に欧州で武器を積み、内戦のあるアンゴラへ運んだこともあると操縦士は告白する。ロシア人らが来るたびに地元娘が売春の相手となる。
恐かったのは魚研究所の夜警の青年。明るく微笑みながら、(儲かるから)「戦争になるといいなあ」と語る。hopeという語を何度も使って。「でも殺したいわけじゃないよね?」というインタビュアーの誘導尋問にも、「だって戦争って殺すものでしょ」とあくまでさわやかに答えていた。
ザウパー監督は66年、オーストリア生まれ。フィクションの制作も行っているとあって、映像、画面の構図、構成など、映画としてとても質が高いと思った。特に、(たぶんヴィクトリア湖の)湖面に鳥のように飛行機の影が滑ってゆく冒頭。一緒に流れる音楽もいい。そして本物の飛行機が映し出され、空港の管制塔の場面になって、管制官が室内の蜂を必死で追い、窓に叩きつけられた蜂のアップ。それからサヴァンナの中にころがる、墜落して頭部と胴体にちぎれた飛行機。そこを自転車で疾走する少年。馬鹿みたいに大きいナイルパーチを運搬する手押し車と海と小舟。途中殺されてしまう売春婦のエリザが歌う「タンザニア」という歌。などなどたくさん。
一般公開は12月、渋谷シネマライズにて。