マルセル・プルースト「スワンの恋」井上究一郎訳

プルーストの再読は通算9回目ぐらいだと思うが、実は「スワンの恋」の部分はいつも軽ーく流して読んでいたので、10年ぶりぐらいの精読である。オデットやゲルマント公爵夫人(この部分ではまだレ・ローム大公夫人)の凝りに凝った服装描写にうっとりするのは別として、この小説(部分というべきか)は、あいまいで嘘の多い恋人オデットに嫉妬するスワンの心理描写が中心。それゆえ気分が塞いでしまって、あまり読むのを好まなかったのだが、仕事上やむを得ず。
嘘の内容ではなく、嘘の気配に身を焼かれる主人公は滑稽であると同時に、またそれゆえに読んでいて胸が痛む。さらに胸が痛むのは、こんな恋愛心理劇はプルーストの時代だから許され文学として認められるのであって、今や書くべき価値もなく、こんな心理が存在するとすれば、それは文芸という芸にすらならない滑稽なのだと私たちが知っていることだ。他者とか何とか、現代は高尚であることよ……。
最近、日が暮れてから姿が見えないチビ猫のみゃーみゃー声が途切れない。時々どこかのおばさんに黙れと怒鳴られているけれど、私は甲高く頓狂なこの声を聞いているだけで楽しくなる。死ぬときは子猫の声を聞きながら死にたい。