3.11以後

3月11日以前と以後とで世界がまったく変わってしまい、言葉をうしなった。
本州が230センチぐらい移動したことでも、その変化ははっきり刻印されているけど。
戦争ってこういうことなのか、人生初めて体験した。
それにしても、つくづく核とは切っても切れない国なのだな。
もちろんこれまでだって「原発反対」と思ってはきたが、本当の脅威をわかっていなかった自分に今回ガツンと気づかされている。
一触即発、一進一退の福島第一原発の状況を、硬直したまま見守っている。
もともとうちでは、平時のニュースのない時間でもCSの日テレニュース24をつけていることが多いのだが、そこでやるライブの記者会見を仔細漏らさず聞いている。聞いてしまう。
3号機内の圧力は下がるのか、ドライベントはおこなわれるのか、そうなった時、MOX燃料使用の3号機からどんな濃度の物質が拡散するのか、4号機のプールに一部で言われているように本当に亀裂はないのか、外部電源がつながったとしてそれから先うまく機能するのか、2号機の水量は上げられるのか……
こちらはもちろんど素人で自分で考えることなどできないから、情報の取捨選択の能力が問われる。
海外では日本以上に大々的に報道されているから、外国の友人たちがしきりと避難をすすめてくる。
日本全土がもうだめかのような見解だ。
心配してくれるのはうれしいが、煽りたてられるようで心が乱れる。
悪いけれど返信をやめた。
自分が逃げるのは簡単だが、どのタイミングで家族の誰をどう誘導し、どこに連れてゆくのか、こちらはいろいろシミュレーションしつつ緊張して備えているわけだから。
海外の報道のチェックは必要だし、そのためにも外国語は読めたほうがいいけれど、海外の報道がなんでも正しい、日本人は何も知らされていないというようなお決まりの言動、傾向も考えものだ。
リビア情勢についてならいざ知らず、これは日本の災害であり、多くの場合、具体的な情報は国内メディアのほうが詳しいはずだと思う。
もちろん、官邸、東電、原子力保安院の公式発表だけ聞いていてもじゅうぶんでないことはわかっている。
(今日は3号機内部の圧力を下げるためのウェットベントとドライベントが話題になっていたが、数日前2号機ですでにドライベントを試し済み(結果的には不首尾に終わる)と初めて東電が会見で報告していた。その時点で当然、ドライベントのもたらすウェットより格段に大きなリスク(漏れ出す物質の量が100倍程度と言っていた)について告知しておくべきだったことを記者の誰もつっこまなかったのはどういうわけだ?)
隠蔽している部分もあるはずだから、同時並行して大小さまざまなメディアに頼るしかない。
それにしても3月10日までのことがすごい過去に思える。
今年の4月はやってくるのかな。
うわの空ながら、もともとの予定通り、室内で新学期の準備をあれこれしている、予定通りにしなければいけないと思って(しかしほんとにうわの空だ)。
準備をしながら、そんな未来がくるんだろうかと不安に思う。
こんなことをやっていて、意味があるのかと。
未来に備えるために今の時間を生きるのは、みずから牢獄を築いているのと同じことだと言ったのはオクタビオ・パスだったかな?
あああ、自分のことだ、言われたーと思った記憶がある。
相変わらず同じことをやってるのかな?
でも硬直しながら、今現在を生きているのだと言えなくもない気がする。
今現在、放射能がものすごく怖い。
でも長い時間で考えれば、日本はまた復興するだろうなという予感が感じられる。
かならずしも、高度成長などという意味ではなく。
西欧の人たちとは感受性や動き方が違うし、欠点とも表裏一体だけど、日本の人たちって力あるなあ、すごいなあともまた実感する毎日でもある。