メモワール・アンヴォロンテール

こんな介護用品があるといいという話題で、わたしたちが赤ん坊の頃、名前は忘れたけれど全身を洗えてかつそのまま流さずに済む便利な沐浴剤があったと母がいった。
その瞬間、ベネツィアの敷石を踏み外したのでもかがんで靴紐を結んだのでも紅茶をかきまぜたのでもないのに、わたしの口からは「アルファケリー」という言葉が飛び出し、球形のピンクの蓋がついた透明の瓶と、淡い水色のベビーバスの映像が思い浮かぶ。
「どうして知ってるの、怖い」と動揺して母。
アルファケリーを沐浴に使っていたのは妹が生後三カ月までだから、わたしはせいぜい二歳三カ月から六カ月ぐらいまでだったはずだという。
二歳頃の記憶は断片的にいくつかあるが、アルファケリーのことは40年以上すっかり忘れていた。
なのにどうしてそんな固有名詞が口から飛び出したんだろう。
そして思い出してみると、その沐浴剤にはとても好ましい印象をもっていた。

そういえば子供の頃、わたしは普通名詞以上に固有名詞が大好きだった。
テレビなどは制限せず見放題な家だったので、コマーシャルなど見ながら、新鮮な気持ちでたくさんの固有名詞を覚えては口にしていたように思う。

40年以上前に覚えた固有名詞は突然出てくるのに、昨日買って歯ごたえがとても変わっていておいしかった沖縄産の豆――さやいんげんが表裏二層になって両端にフリルがついたような形状――の名前はすっかり忘れてしまっている。

調べてみると「アルファケリー」はとっくに製造中止になっており、類似品として「スキナベーブ」という商品を見つけたので、さっそくアマゾンで購入してみた。