エズラ記を読む男

バレンタインのチョコがどうしても買いたくなり、図書館帰りに丸ノ内線で池袋まで出る。
別にいつだって買えるけれど、世界中の美味しいチョコレートが集まるこの時期にあれこれ迷うのが毎年楽しみだ。
でも今日は最初からベルギーのピエール・マルコリーニに決めていたので、まっしぐらに。
勢いづいて買った後に、たった4粒で1575円ってものすごく高くないか?と思ったが、ここのチョコレートだけは本当に美味しいという意見をいくつか聞いてその気になったので仕方ない。

それでお洒落な包みをもって地下鉄に乗ると、そばになにかを発する30代ぐらいの男の人が立っていた。
まなざしは挙動不審ぎみ、顔だちは逃亡奴隷(見たことあるのか?)、いでたちは肉体労働系。
なんだか闇を感じさせる人だなあ、こういう人が大きい犯罪をするのかもなあと、心の中で人権侵害な妄想をふくらませていたが、席が空いて隣同士に座ることに。
するとその人は膝に乗せていた分厚いものを開き、読み始める。
エズラ記であった。
ピエール・マルコリーニのピンクの小箱を膝に載せている自分を恥じる。

なんとなく家でエズラ記のページを開けてしまったが、とはいえ読むつもりはなかったのだが、自然に文章が目に入ってくる。
異邦人の女と結婚した者たちがその過ちを反省し、次々離縁してゆく話。
その者たちの名が例のごとく延々と羅列してある。
…いや、気軽になにもコメントするまい。

ピエール・マルコリーニは美味しかったけれど、抜きん出ているというよりは、他の高級なチョコと同程度の美味しさだった。
カカオの含有量が多く高品質なチョコって、苦味の奥に少しの心地いい酸味があるところが好きだ。
書きものをしていると、濃いコーヒーや濃いチョコレートが欲しくてたまらなくなってくる。
ところで最近、高級なショコラティエなどで「クーヴェルチュール」という言葉をよく目にする。
今日もいっぱい見た。
couvertureのことのようだが、蓋? カバー? ますます?である。
前にお店の人に「クーヴェルチュール」って何ですか?と聞いてみたら「チョコレートのことです」といわれた。
じゃあチョコレートって何?といえばクーヴェルチュールです、ということで、これでは滔々とくり返されるトートロジーの世界だ。
でも「このチョコレートは厳選したクーヴェルチュールを…」とかいう言い方してるじゃない。
結局、何?
シニフィアンシニフィエみたいなことだろうか。