食人しすぎる人々:マクナイーマ・ショック

東京フィルメックス映画祭で、ジョアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ(ジ・アンドラージ)監督の『マクナイーマ』(1969)を観る。
http://www.filmex.net/2008/special_pa.htm
(12月6日土曜日18:00にも再度上映)。
ブラジル民衆のヒーロー(アンチ・ヒーロー)を題材にした、マリオ・デ・アンドラーデの伝説的作品『マクナイーマ』(1928)を映画化したもの。
同じく民話のアンチ・ヒーローが出てくるシモーヌ・シュワルツ=バルトの『水平線のティ・ジャン』と並べてみてもいいかもしれず、ずっと以前に仏語版で読もうとしたが、結局入手がかなわなかった憧れの小説だ(現在も入手不可)。

しかし何なんだ、どういうつもりなんだ、この滅茶苦茶さは(笑)!
冒頭、おじさんがうんうん唸っていると思ったら、その股から別のおじさんが「産まれて」きて仰天、爆笑する。
年老いた女が奇跡的に妊娠し、中年にしか見えない男の赤ちゃんを産むという設定ながら、とにかく「いかりや長介のお母さんに中本工事が子供」的なキャスティングで笑いを取る、という意図なのだとしか思えないのだが、違うのだろうか?
そして、前に私がみんなに紹介して顰蹙を買ったブニュエルの『ロビンソン・クルーソー』をも連想させる奇妙にキッチュな場面設定。

そう、このおじさんのような老婆から生まれたマクナイーマとその兄ふたりは、それぞれ先住民、黒人、白人で、ブラジルの民を表わしているといわれているのだ。
でも、マクナイーマだけは、魔法の泉を浴びて途中白人になってしまい、途中で俳優も変わる。
母親が「ドリフの大爆笑」としか思えない死を遂げた後、兄弟は田舎を去り、1960年代風の都会へ出るのだが、そこでもマクナイーマは幼少時からの怠惰で淫乱な性格を発揮しまくる。
さらに、かの『食人宣言』を実践するごとく、人を食べたり食べられそうになったりする場面が続出、ちぎれた腕とか脚とかがあちこちに。
動揺しつつ噴き出す。

「マクナイーマ」というと、ペドロ・アルモドバルが率いていた変態っぽい女装バンド「アルモドバルとマクナイーマ」をつい連想してしまいブラジルの金字塔的作品に失礼で申し訳ないと思っていたのだが、ジョアキン・ペドロのこの映画にかぎっていえばあれを凌駕するグロテスクさなのであった。

折しも(というかこの日程に合わせてだと思うけれど)ご近所の大洋レコードから、ブラジルの女性シンガー、イアラ・レンノIara Rennoの「Macunaima Opera Tupi」というCDを紹介したメールが来る。
モレノヴェローゾ、カシン、ベト・ヴィラーリス(セウのプロデューサー)らが参加。
うーん、買いに行きたくなるなあ。