聞き書き

ジャ・ジャンクーもだけれど、いろいろなこととその感想が次々あるので、忘れないうちにメモしないと。
ある名家出身の方が話してくださったフランスでの幼少期の思い出がとても面白かった。
ナポレオンの時代、軍人の子弟のために創設され、後にコングレガシオン所属となったカトリックの学校の話。
小説などでは読んだことがあるけれども、成績順の座席配置や胸につける功労章、お仕置きの部屋、Bonjourなどとは決していわない挨拶の仕方などなど。
だいぶ大きくなってからの日本語との格闘話も興味深い。
「安い」という字はうかんむりに女だから、「高い」はうかんむりに男のはずなのに違うのはおかしい、セ・パ・ロジック!と叫んだり。
すばらしいなと思ったのは、日本人としてはまったく異質な育ち方をした後、60年代、帰国して区立中学に編入したときの順応ぶり。
帰国子女のリアクションの定番ともいえる、個を尊重せず、集団行動を好む日本の学校への違和感というのはまったく表明されない。
「運動会とか、フランスではみんなで体を動かすことがなかったからいいなと思った」
漢字ができず笑われながらも、クラスメイトがわざわざルビを振って教えてくれる。
(フランスではその年頃の女の子が履いてよかったストッキングでなく)白ソックスだけが唯一ちょっといやだったかな…と。
その辺りもかわいらしい。

そんな体験をもっている日本人はまず他にいないのだから、ぜひ本に書かれたらというと、こんなアンシャン・レジームの名残りの話はいやがられるとおっしゃる。
いや、イデオロギーとは別の次元で、ある時代ある空間の空気を知っており、伝えることができるというのはそれだけで貴重なことだ。
わくわくするほど、すみずみまで具体的な話だった。

関係ないけど名前の話。
自分の名前を三つの音に分けて考えたことなどなかったけれど(というのは漢字一字だから)、その方がおっしゃるには三文字目の本体に対し一文字目と二文字目はそれぞれ讃える意味を表し、そうして成り立っていることばなのだから、決して無意味ではないとのことである。
歌人の末裔にいわれると説得力がある。
よく考えればそうかもしれない。
これまで自分の名前を一語のまとまりとしてしか考えていなかった。