一瞬でする読書

最近心がけている「一瞬でする読書」で、坂口恭平著『TOKYO0円ハウス0円生活』を興味深く読む。
早稲田の建築学科出身である著者がホームレスの「住居」を見て歩き、「建築」の観点から考察したもの。
メインとして登場するホームレス「鈴木さん」の知恵と、その「家」の恐るべき機能がすごい。
ホームレスの拠点には月に一度、国交省の検査があり、その折には一旦さら地に戻さなければならないため、「家」は簡単に解体・構築・移動できるものでなくてはならない。
そのため、四面を囲む板はゆるく木の釘を入れただけ。全部抜かなくても、数箇所はずせば解体でき、また楽に建て直せる。
建築方法は意外にも、日本の古民家と同じ。
その特徴は隙間が多く、夏は涼しく、冬にはその隙間を段ボールや新聞紙でふさぐだけだ。
本体はゆるみがあるが、その分屋根はきっちり被せ、少年たちの悪質ないたずらに対処するため防火シートを載せてある。
ライフラインの確保がまたすごい。
「鈴木さん」は、廃棄された自動車用の12ボルトのバッテリーで、たいていの電化製品を動かせることを知っている。これでCDプレイヤー他あらゆる電化製品を使える。
水は拠点の隅田川沿いの公園でくみ、ガスは普通にカセットコンロと携帯用ボンベ。
普通の住居はライフラインを家の中に接続するので大がかりだが、「鈴木さん」の住居は、箱だけの家に外から水や電気を持ち込めばよく、簡素なスタイルが可能である、とこれは著者の分析である。
この簡素な四角いスペースがキッチンであり、居間であり、寝室であり、時にはすのこを敷いて風呂場にもなる。
一年一度の大掃除でなく、一ヶ月ごとに解体して一旦荷物を全部出すから、普通の住居以上に衛生的である。
家も家財道具もすべてもらいもの、拾いもので1円もかかっていない。
アルミ缶拾いの仕事で得る5万円は、すべてパートナーとふたりの食費と酒代に使うから、とても豊かな毎日である。
火を使うのは最小限にして、煮込んだおでんを拾ってきた「シャトルシェフ」に移せば、翌日まで保温できるというこの知恵(「シャトルシェフ」、欲しい!)
著者が、ホームレスのこの生活こそ実はホームなのだというのも頷ける。
でもそこには、効率的にアルミ缶を集めるための情報収集や供給者への仁義、自堕落とはほど遠い時間の使い方、家の隅々までほどこされたセキュリティ対策など、驚くほどの頭脳が使われていることがわかる。
こんなスーパー・ホームレス、そうそうはいないだろうけど。
(家の詳細な図解や鈴木さんの細かなスケジュール付きでなるほどと感心したけど、ここまで書いてこの人のビジネスチャンスやセキュリティを脅かさないのかと少し疑問にも思う)

これを読んで、グアドループの伝統的な住居(case)を連想した。
グアドループの木造の家は、四隅に土台となる石を置き、その上に基本サイズの四面の箱を載せるが、稼動性があることが大きな特徴。
同じ箱を組み合わせて、増築も簡単なのだそうだ。
この家を石から下ろし、台車に乗せてそのまま引越しをすることができる。
ライフラインは、やはり隅田川のホームレス住居と同じく切り離されていて、水は汲んでくるし、煮炊きは中庭に竈を作って行う。
…というのは、以前「プレザンス・アフリケーヌ」誌のアンティーユ特集で、Jacques Berthelotという人が書いていた文章(L'habitat rural:la case guadeloupeenne)に説明されており、とても感心したのだ。

私はグアドループで、あるいきさつからこの伝統的な住居を作る大工さんに車に乗せてもらったことがあって、ぜひ仕事を見てみたいなーと思ったけれど、お互いに急いでいて一期一会であった。
マルセイユ」という不思議なファーストネームだったのが印象に残る。

ところで、なぜこの本を読んでみようと思ったかというと、福田和也がとても好意的な紹介をしていたから。
福田和也の文章はハスに構えながら読むのが常だが、時々深く納得することがある。
やはり蓄積のあるプロだと思う。



TOKYO 0円ハウス0円生活

TOKYO 0円ハウス0円生活