アリキタリでなくミリキタニ

ユーロスペースで『ミリキタニの猫』(米・リンダ・ハッテンドーフ)。
なんか、いいものを見た。
ジミー・ツトム・ミリキタニ、ソーホーにあるカフェの軒先に身を置き、日々絵を描く81歳(撮影当時、今は87歳)。
サクラメント生まれ、広島育ち、カリフォルニアの収容所経験、自称「グレート・マスター・アーティスト」のホームレス。
カラフルな蓮の花や牡丹の花と組み合わされた猫や虎の絵がいいし、いつも被ってる真っ赤なベレーがいい。
日系人収容所の記憶をもって、雪のマンハッタンの段ボールの上で、何でこんなに愉快な絵が描けるんだろう?
性格わがままで威張り過ぎ、優しくしてくれる監督の前でアメリカ人の悪口言い過ぎ、英語が身勝手でひど過ぎ(若い頃から60年は在米のはず)、リンダ監督がまたいい人過ぎ(何で家に泊めてあげてるのに、若い娘が帰りが遅い!とか家父長みたいに怒られなきゃならないの?)、三毛猫がかわい過ぎ、時々唐突に歌う「北国の春」とか「奥飛騨慕情」とか面白過ぎ。
ひどい背景、ひどい条件の下、考えられないくらいいい日々といい人生だ。
生き別れたお姉さんと電話で会話したとたん、リンダ監督の前で広島弁になっちゃうのもおかしい。
ニューヨークが背景というのも(なぜかいつも)個人的にぐっと来る。しかも撮影は2001年から2002年頃みたいだから、なおさらだ。
私が最後にニューヨークを訪れたのは9.11の5日前。
その頃、ミリキタニはソーホーで猫の絵を描いていたんだなあ。


漢字では三力谷と書くのだとか(絵の横にたいていサインがあり、「日本第一位日本画家」などとも書かれている)。
「ミリキタニ」の表記とこの風貌の写真を見た時、最初、リトアニアかどこかの映画かなーと思ってしまったよ。
本人同様、不思議に強く惹きつける言葉の連なりである。
こういう奇妙で意味不明で惹きつける言葉ってあるな。
『タタド』とか、内容知らないんだけど読んでみたい気がする。
松浦寿輝の、あの独特の夕暮れみたいな文章のなかに「とまれみよ」という言葉が出てきて、子供時代の恐怖が蘇ったことがある。
少なくとも東京地方では昭和40年代から50年頃、交差点手前のアスファルトの道などに「とまれみよ」と書かれてあった。
その何ともいえない意味不明の怖さ。
今思えば「止まれ、(前後左右を)見よ」ということなのだろうとわかるけど、読点もなくあまりに不思議で投げやりな標語だ。
特に「よ」という文末のひらがな文字が心もとなく、子供の心に不安を掻き立てたのであった。