ヴィム・ヴェンダース『アメリカ、家族のいる風景』

脚本・主演ともにサム・シェパード。映画スター・ハワードが西部劇撮影中に失踪、30年前に行きずりの恋愛をし、息子をつくったウエイトレスの女(ジェシカ・ラング)をたずねてモンタナの町に現れる。
ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ』を三回続けて観て以降(というかその前数年も)、ヴェンダースの映画を面白いと思えなかったのだが、久しぶりに面白かった(2006年陽春公開)。といっても留保つきで。
結局、物語は男の側にあるということ、あるはずの契りを具体的に機能させないまま放置しても捨てた者たちから愛されつづけるのがヒーローだということ。ロードムービーとは本来もっと繊細でナイーブなようでもあるけれど、その本質は上記のようなものだということ。そうしたことが悪びれもなく、正攻法で描かれているのがこの映画だと思う。
…と、批判もあるのだが、わたしはアメリカ西部の地勢を見ると、無条件で好きだと思ってしまうのだ。舞台となるのはネヴァダ州、ユタ州モンタナ州など。以前、アメリカ東部から一度だけネヴァダを訪ねたことがある。巨大な赤茶の岩山がつづく景色は恐竜のいる先史時代に迷い込んだようで圧倒されたのを覚えている。要はグランド・キャニオンの写真で見るあの景色なのだけれど、巨大な岩山が間近に迫るハイウェイを走っていると、自分がミクロ・サイズに小さく無力だと感じられて恐ろしかった。日本にもアジアの国にもヨーロッパにもありえない景色。
ネヴァダで専業主婦だったことがあるアメリカ人の友人が話してくれた孤独感も忘れられない。家のなかは20度、外は40数度。自分以外どこまでもなんにもない。好ましい孤独感のような気がして少し憧れた。もちろん他人事だからそういえるのだが。