ちらちら虫

自分の意に沿わないが実力は認めなければならない作品を前にすると、どう評価すべきか悩んでしまう。編集者の意向はわかっているだけによけい。自分にとって異性の主人公を選ぶことはそれだけでチャレンジだ、と前に編集者にいわれた。確かにほとんどの書き手が自分と同性の視点でものを書くのは、その方が簡単だからだろう。だから技術的にはチャレンジかもしれないが、それだけで何かを成し遂げたことにはならないと思う。むしろ読み手は自分の立場により、書き手のその選択に傷を受けるかもしれない。傷をあたえるか、力になるかは意外と紙一重なのだろう。総量として力をあたえるほうが多ければ、価値ある作品ということか。
ようやく「永遠のハバナ」を観た。たくさんの人物の日常が交錯する静かな映画だが、観ながら複雑な感情にとても混乱する。すべてを肯定しろということか。そういう余裕の声なのか。観終わってよけいに悲しくなり、胃が痛くなったが、今はまたわからない。
ユーロスペースを出て歩道橋を歩いていると、白いものがちらちらしている。こんな陽気なのに雪のわけはなく、雹でもないし他に何かあったっけと思っていたら、ごく小さな虫が無数に舞っているのだった。電車に乗って、大学のキャンパスに入ってもずっとあたり一面ちらちらだった。この季節にはよくあることなのか。「おかしい、おかしい」といい続けていたら、「きみにだけ見えるんじゃないの」と指導教授にいわれた。