顔鍼

初めて顔面に鍼を打ってもらう。
疲労が限界に達して、以前、咬合性外傷をわずらった左の奥歯と左の首と左の肩と左のこめかみの痛みが取れなくなったため、その治療の一環として。

これは何なのだろう。
左耳奥に激痛が走った時も結局中耳炎ではなかったように、要はどこの器官というより、左側の頭、耳、歯、首、肩が全部連動して不調なのだという気がする。
病院は器官ごとに科が分かれるのが常識だが、「左科」とか「右科」という分類もあっていいのではないかと思う。

左耳が痛くなった時は、旅行の直前だったため、耳鼻科へ駆け込むはめになった。
ところが激痛が出てあわてて家からすぐに行けそうな唯一のクリニックの情報をと検索すると、まずヒットしたのが「○○クリニックの○○先生は笑いながら人を殺す」と書かれたサイト。
書かれた人には気の毒なばかりの、根も葉もない中傷……と思いはするものの、どうしても「もしや」という気がしてしまう。
じっさい診察してくれた先生は「カリブ海かぁ。それは長いフライトですよね」などと終始さわやかな笑顔で言いながら、細く冷たい金属のピン状のものを耳の奥へと差し込んでゆく。
こうやってずっと笑いながら、この金属ピンを行ってはいけないもっと奥深くまでおし進め、ついには突き刺すのかもしれない、と診察の間中つい恐怖の妄想をせずにはいられなかった。
……いや、ネットの情報というのは、根も葉もなくてもこうして読む者の気分に浸透してしまうのだから恐ろしい。

ところで、鍼灸院の担当が男の先生から女の先生に代わってつくづく感じるのは、指先の感触がまったく違うということ。
個人差もあるだろうが、男の先生は指先の面積が大きく温かく、女の先生の指は(まさに自分もそうだけれど)細く尖っていて触れられるとひやっとする。
手指の形質にかぎっていえば、触れられて安心感があるのは断然男の先生のほう。
だが私はこの先生が好きすぎたため、施術のたびにはしゃいでしゃべりすぎるきらいがあり、今思うと鍼治療によってもたらされるはずの沈静が興奮により半分ぐらい相殺されてしまっていた。
今の先生とはほどよく相性がいい。
安心しきって施術中に寝てしまうし、男の先生には気持ち的に背中までが限界だったが、今では無防備な動物よろしくお腹までもさらして平気だ。
お腹にお灸をすえられた後、施術が終わってだるい心地よさから覚めきると、猛烈な食欲がわいてくる。
どちらの先生も、施術の後体の軽さと満ち足りた気分をもたらしてくれる点は同じ。

顔に鍼を打った状態でポートレイトを撮ってもらいたかった。
先日ポートレイトをくれといわれ、単独でうつった写真がほとんどないので大いに困ったのだけれど、普段から撮り集めておけば、中にはマシなもの、気の利いたものも出てくるかもしれない。
鍼顔の写真もうまくいけばいいものになるかもしれないと思った(あくまでヘン顔として)。