経験と言語能力

ミルキィ・イソベさんと藤部明子さんのトークを聴きに行く。
ミルキィさんといえば、私にとっては数々の文芸書の装画(あのひそかに光った水色やピンクや赤の)でおなじみのデザイナー。
その話は予想以上に刺激的だった。

写真集を見るとき、展示を見るときそれぞれの、人の視線の方向(視界のあり方)を考慮した写真配置の相違。
ページの中にどのくらいのスケールでどの位置に写真を置くか、つまり余白をどう処理するかによって生まれる速度の違い。
裁ち落としのスピード感、余白が生む緩やかさ。
あるいはまた、上製本の失速と、ソフトカバーのスピード感。
スミとグレーを重ねて出す奥行きについて…

職人としての経験(その多くは共同作業である)のおそらくは膨大な場数により得られた知見や知恵や感覚が、具体的なことばで言語化されているのがすばらしい。
立派なデザイナーはたくさんいるだろうが、こうした話はなかなか聞けない。
職人でもあるが、同時に編集的なセンスのすぐれた人なのだと思った。

早めにお暇しようと思いつつも、ワインを片手の立ち話でさらに面白い話が続いたので帰れなかった。
ポケモンカードもミルキィさんのデザインだそうである。
私が身内のちびっ子どもと遊んでいるあのカード。
あの七色に光る背景、あれは彼女の好む光った青やピンクと同じ思想に発するものということか。
すごいことだ。

他にも同じ場で、パチスロとは確率の妙であるという興味深い話を聞く。
どうもかなり多くの学生がパチスロを好きらしいので、ここのところ、どういう魅力と性質のあるものか気になっていたのである。
しかし彼らは「パチスロが好きです」「楽しいです」以上のことを説明してくれず、没収した白夜書房の「パチスロ必勝ガイド」をじっくり読んでもあまり意味がわからないでいた。
教えてくれたのは、並はずれた言語能力をもつ超大学生。
謎だった「設定6」や、パチプロの世界、パチンコとパチスロの差異などについて明晰なことばで説明を受ける。
「設定6」は、最後まで確証はなく自分で感じ取るものだという。
同じことについて今日別の学生に聞いてみると「一番いいもの」との相変わらずシンプルな答えだった。
「設定6」……最後まで確証はなく自分で感じ取る一番いいもの。
何やら深遠な感じがする。

生田でセミが鳴いていた。