マノエル・ド・オリヴェイラ氏

1999年頃、メリーランド州のとある所にある自然の渓谷を利用した公園をとぼとぼ歩いていると、茂みの陰から小さな老人が現れて、話しかけてきた。
アメリカではあまり見ない感じの、よれよれのカーキのトレンチコート。
しゃべっているのは、どうやらポルトガル語らしい。
英語で返してみたが、こちらの言うことはまるで通じない。
マンハッタンとかLAの観光地でもない、普通に人が暮らす場所なのに、ここまで英語を一言もできない人が突然アメリカにいる不思議…。
フランス語を使ってみると意味はわかるらしく、でも返事はポルトガル語だ。
なんでも理系の何かのシンポジウムに出るために、ポルトガルからやってきたらしい。
といっても、私はポルトガル語を知らないんだけど、たぶんそれで合っている。
それで私は「ポルトガル人といえば、私はマノエル・ド・オリヴェイラ監督を知っています」とフランス語でいった。
するとその人は「私がマノエル・ド・オリヴェイラだ!」といったのだ。
そして鞄をごそごそして出して見せてくれた身分証には、Manoel de Oliveiraのプリントが。

私はマノエル・ド・オリヴェイラ監督が蓮実重彦氏より長身だということを知っていたので、160センチ足らずに見えるその人を本人と取り違えるようなことはしなくて済んだ。
マノエル・ド・オリヴェイラという名前は、「山本一郎」とか、そんな感じなのだろうか。

清流のさらさらいう音と、切り裂くような鳥の声と、黒く見えるほど濃い緑の中での一瞬の出会い。
10年近く経って思い出してみると、白昼夢か映画の場面みたいに感じられる。
2008年の雪の東京で突然立ちのぼる、生々しい別の時間。